「ひゃ〜、雨、本降りになっちゃったぜ〜。・・・あれ?十代!?」
「えっ・・・?」

誰かが・・・オレの名前・・・。
気が付くと雨が降り出していた。
誰かに名を呼ばれ振り返ると、雨の中でひときわ目立つ容貌の男の姿が目に映った。
ヨハン・・・?

「十代!雨ん中何してんだよ?!」

ヨハンが・・・駆け寄ってくる・・・。

「あぁ、こんなに濡れちゃって・・・。ほら傘に入れよ・・・。風邪でもひいたら・・・」
「ヨハンッ・・・!」

駆け寄るヨハンの胸にオレは吸い寄せられるように飛び込んだ。
悲しくて、苦しくて・・・悔しさと、寂しさと・・・ヨハンの顔を見たら全てが溢れ出してきて抑えられなかった。

「・・・どうした、何があった?」

ヨハンはオレの様子で何かを察してくれたのか、オレに胸を預けて静かに語り掛ける。

「あの人が・・・・・・死んだ」

上擦る声で途切れ途切れに答えると、ヨハンの胸から息を呑み込む振動が伝わってきた。

「あの人って、お前の・・・・・・」
「オレ・・・・・・、オレ・・・・・・」

取り乱しているオレを気遣い、ヨハンはそっと腕を回し抱き締めながら囁いた。

「十代・・・・・・」

ヨハンの胸に身を委ねながら、受け入れられない現実と抑え切れない憤りをヨハンの腕の中で吐き捨てた。

「自殺なんかじゃない。自殺なんてする人じゃないんだ。警察の奴ら、体面を気にしてデタラメな遺書を鵜呑みにしやがって・・・」
「遺書が・・・あったのか?」
「あれは偽物だ!」

先走るままの感情を、ヨハンに投げつける。
ヨハンはオレを抱く腕に力を込め、オレを宥めようとする。

「十代、落ち着けよ。何で偽物って決め付ける?」

あの遺書はデタラメだ。
カイザーがあんな遺書を残す筈がない。

「・・・GXは狙撃部隊だ。メンバーだった事を記したら、誰に狙われるようになるか分からないだろ・・・。オレが危険に晒される事をあの人がする筈ない」

カイザーがオレを危険に晒すなんてあり得ない・・・。

「そうっ・・・か・・・・・・」
「それにあの人、極度のパソコン音痴なんだ。オレに内緒でワープロの遺書なんて作れっこない・・・」

体面を気にして、まともに取り付かない組織の連中に伝えたかった真意をヨハンが聞いてくれただけでオレは少し、落ち着きを取り戻してきた。

「十代・・・・・・」

オレを包んでいたヨハンの腕を解き、ヨハンの顔を見上げると心配そうに表情を曇らせている。


・・・。


「ありがとう、ヨハン。お前の顔を見て、少し落ち着けたよ」

受け入れたくない現実から、オレがいつまでも目を背けていてはカイザーが浮かばれない。

「カイザーを殺した犯人を・・・オレが探し出してやる」

落ち着きを取り戻したオレは、オレがすべき事・・・オレしか動かない、出来ない行動を無意識に呟いた。

「バカな事よせ!そんな事してどうする気だ」

ヨハンが驚いた様子で止めようとするが、オレの決意は変わらない。

「決まってんだろ。オレのこの手で・・・っ!!」

右手の拳を握り締め、カイザーの弔いを誓う。

「十代!」
「・・・っ?」

不意にヨハンに再び引き寄せられ唇を覆われる・・・!?

「ヨハン・・・?・・・・・・・・・ん!んんッ!」
「んん・・・・・・」

突然ヨハンに塞がれた唇が静かに離れ、オレを見つめるヨハンの瞳を見てからキスをされたと気付いた。
キ・・・ス・・・・・・?
ヨハンが・・・オレに・・・?

「・・・ヨハン?」

呆然とヨハンを見つめるオレにヨハンは真剣な眼差しのまま思いがけない言葉を囁いた。

「・・・・・・好きなんだ」
「えっ・・・?」

疑問が音として口から零れた。
す・・・き・・・・・・?

「好きなんだよ!十代!!」

戸惑いながらヨハンを見つめたままのオレに、改めてヨハンは力強く言い直した。
好き・・・ヨハンが・・・オレを?

「分かってる。大切な人が亡くなってすぐにこんな告白、不謹慎だって・・・。だけど・・・、十代が危ない目に遭うのを黙って見てられないんだ・・・・・・」
「・・・・・・ヨハン」

今まで気付かなかった・・・。
ヨハンがオレに想いを寄せていただなんて・・・。

「・・・だからお願いだ。傍に居させてくれ。オレたち、親友だろ?」

ただの親友だと思っていた・・・今までも、これからも・・・。
ヨハンの告白を受け、ひたむきに話すヨハンの姿を見て、ヨハンの気持ちに応えきれる自信がない・・・。

「・・・オレは・・・・・・お前の気持ちには応えられないかも知れない」

親友だからこそヨハンの想いに応えられそうにない自分の気持ちを正直に伝えた・・・。
でも、そんなオレの言葉をもヨハンは優しく受け止めようとする。

「大丈夫。オレは辛抱強いから、さ」

初めて知ったヨハンの想い。
ひたむきに、真剣な眼差しでオレを見つめ続けるヨハンに・・・掛ける言葉が見当たらない。

「ヨハン・・・」

戸惑うままにヨハンの名を呟くとヨハンはオレを抱き寄せた。
降りしきる雨の中でヨハンの腕に包まれながらいつまでも立ち尽くしていた・・・。















翌日。

「あ・・・さ・・・・・・?」

目覚めた時、オレはカイザーのベッドにいた。
昨日、ヨハンと公園で別れてからどうやってこの部屋に戻ったのか記憶にない。

「・・・カイザー・・・・・・」

自然と口から零れた言葉は、カイザーの呼び名だった。
でも、その言葉は広いこの部屋の静寂さに飲み込まれていった。
一人では持て余してしまうこの部屋のダブルベッドが狂おしい程、オレに現実を突き付けてくる。
目を覚ますと隣にカイザーがいる。
おはようと笑いながらキスをしてくれる。
当たり前と感じていた日常・・・いつまでも続けられると思っていた安息の日々。
そう・・・、昨日までは。
でも・・・カイザーはもう戻らない。

「カイザーっ」

この現実を痛感するごとに、耐え切れない孤独感と激しい怒りだけがオレを支配する。
シーツを握り締める手が、しだいに強くなる。
信じられない。
受け入れたくない。
空虚な現実と溢れ出る様々な感情が交錯する中、時間だけが過ぎていく。
そんな時、オレの携帯が鳴り出した。

「・・・・・・ヨハン」

液晶画面に表示されているヨハンの名前。
昨日、偶然ヨハンに出会えなかったら、今頃オレはどうしていたのだろう・・・?

「・・・もしもし」
『あっ、十代?オレ』
「・・・ああ。昨日は・・・」
『いや・・・、礼はいいって。それより、気分はどう?』

ヨハンが気遣ってくれるのは嬉しい。
ありがたい限りだ。
でもオレは、素直な想いを伝えられない。

「最悪だ・・・。いい筈ないだろ」

怒りの矛先をヨハンに向けるのは、お門違いだ。
分かっている、そんな事。
分かっていても、こんな稚拙な表現しか今のオレには出来ない。

『そうだよな・・・。いい筈、ないよな』

優しく、ヒネたオレの心を見透かしたようにヨハンは全てを包み込んでくれた。

「ヨハン・・・」

もし今、目の前にヨハンがいたなら、オレはヨハンの胸に飛び込んでしまうに違いない。
ヨハンの優しさが痛い・・・。
ヨハンの優しさに、今の孤独感をより掻き立てられてしまう。

『・・・なぁ、十代?』

ヨハンの優しさに素直に応えられるなら、どれ程、楽になれるだろう?

「・・・何?」

今のオレに出来る精一杯の平静さを繕いながら問い掛けると、ヨハンは言った。

『昨日の話だけど・・・。オレ、本気だから』

昨日の話・・・。
公園でのヨハンとの会話は覚えている。
突然で驚きはしたが、今のオレを支えてくれているのは確かだ。

『それでさ、前にも誘ったけどオレの家に来ないか?』
「・・・ヨハンの家に?」
『ああ。オレとユベルと一緒に暮らした方が嫌な想いを早く忘れられると思うんだ』




ヨハンの誘いを受ける
ヨハンの誘いを断る